【11月20日(日) テゲバジャーロ宮崎戦】
マッチデープログラム
徳永 晃太郎選手インタビュー
(全編)
“継続力。
「このままサッカーができるまでやり続ける」”
Q:まずはこれまで、どんなサッカー人生を歩んできたかを教えてください。
徳永:幼少期(1歳〜11歳まで)はシンガポールに住んでいました。
日本でサッカーがやりたいと親に言ってチームを探すために6年生の2学期に帰国しました。
中学生と高校生は、試合にも全く絡めず、中学ではBチーム、高校は僕らの年代から選手権の登録が30人になって、その26番目の選手でした。
大学2年の頃にやっと自分が表現できるようになって試合に出られるようになりました。
良い指導者と巡り会えて自分の良さを引き出してもらい、この世界に入ることができました。
華やかなサッカー人生ではないですよね(笑)。
Q:シンガポールでサッカーを始めたきっかけは?
徳永:小学1年生の頃に友達に誘われて始めたのがきっかけです。
Q:シンガポールではどんな環境でサッカーしてきましたか?
徳永:最初はアルビレックス新潟シンガポールでサッカーをやっていて、そこの選手だった方がコーチをやってくれていました。
ただ小学3年生の頃にそのコーチの方が自分のチームを作ることになったので、そのチームに移りました。
最初は3人くらいしかいなくて、チーム作りから始まりましたが、その分すごく熱心に指導してくれたので、友達と遊びに行っている感覚から真剣にやり始めたのがそのくらいの時期でした。
そもそもシンガポールは日本人が多くて、日本人小学校も2校あります。
自分が所属していたチーム以外にもいくつか日本人チームがあって、そのチームが集まる日本人大会というのもありました。
Q:中学に進学する前に日本に帰国したということですが、そこにはどんな思いがありましたか?
徳永:日本でサッカーを続けるためには小学校を卒業してからでは遅いと思ったので、父親だけを残して家族で戻ってきました。
シンガポールの環境は中学校でサッカーを続けられる環境ではなく、中学校のクラブチームもそこまでなかったので、日本に帰った方がいいという選択になりました。
Q:日本に戻ってきてから感じた差はありましたか?
徳永:(中学進学前に)クラブチームのセレクションを受ける中で、ガンバ大阪のセレクションも受けましたし、クラブチームで強いと言われているようなチームを受けました。
第一希望には受かりませんでしたが、大阪セントラルFCというチームに入ることができました。
ただ、セレクションの中ではやっぱり日本のレベルが高いなと思いましたし、特にガンバ大阪のセレクションではそう感じましたね。
シンガポールの時に教わっていたコーチの繋がりで、ガンバ大阪のジュニアユースには練習に参加させてもらいましたが、そこで何もできなくて・・・(笑)。
爪痕を残せればという思いはありましたけど、初っ端で挫かれました。
ある程度日本のレベルが高いことはわかっていましたが、改めて実感しましたね。
Q:試合に出られない時期が長く続いた時にサッカーを辞めようと思いませんでしたか?
徳永:正直に言えば、サッカーを辞めようかなと思っていました。
大学は英語を専攻して選ぶか、サッカーで選ぶかをすごく迷いました。
ただ、自分の中でやり切れていない思いがあったので、スポーツ推薦とかではなく、入試を受けて桃山学院大学に進学しました。
Q:その決断にはどんな思いがありましたか?
徳永:高校では自分の長所を活かし切れなかったという思いがずっとありました。
まだできると思っていたし、だからこそ諦めなかった。
その時期は本当にどん底だったので、とにかくもがいていた感じであまり覚えていませんが・・・(笑)。
どこかでまだやれるという思いはありました。
Q:当時の挫折がいま活きていると思うことはありますか?
徳永:高2の時にトップチームでプリンスリーグに出場できていた時期もありましたけど、そこから使われなくなってしまった時に自分自身がメンタル面も、プレー面も継続できなかった。
高校時代はそこから選手としての立場が上がることはなかったですけど、その悔しさを一度味わった上で大学に入ったので、この4年間はどんな形でもやり切ろうと決意していました。
大学1年生の時もトップチームには絡めなかったけど、そこでやり続けられた要因は高校自体に味わった挫折だと思っています。
Q:大学ではどんなチャンスが巡ってきましたか?
徳永:大学1年生の時に所属していたカテゴリーのコーチが2年生の時にトップチームのヘッドコーチになって、2年生の春にあった遠征でトップチームに連れて行ってもらえました。
当時は、『ここで結果を残さないと、次はないぞ』と言われましたが、そこで何とかトップチームに残ることができました。
2年生の前期はトップチームで全く試合に絡めませんでした。
それでもやり続けてきて怪我やいろんなチーム状況があって巡ってきた出番の時に、1試合で結果を残せたことが大きかったです。
Q:どんな心境で壁を乗り越えてきましたか?
徳永:考え方としては、スポーツ推薦で入っている訳でもないし、失うものは何もなかった。
トップチームにいられることに満足はしていませんでしたけど、まだまだできるという気持ちになっていたので、そのために準備し続けることが大事だと学びましたね。
Q:大学前に挫折を味わっていたからこそ、そういう発想ができましたか?
徳永:中学、高校はそこに気づけなくてメンタルが甘かったと思います。
今振り返れば、プレーの質でも出られないのは仕方なかったと思いますし、客観的に見た時の自分の置かれている立場がどこにあるのかが大学になってからわかるようになった気がします。
Q:遅咲きながらも成功体験が増えていくことでの心境に変化はありましたか?
徳永:自分に自信を持てるようになりました。
ここは勝負できる、勝負できないというのがはっきりとわかったし、今までやってきたことが報われなかった分、成功することで間違っていなかったという大きな自信になりました。
Q:現在はプロ選手としてサッカー人生を歩んでいますが、当時を振り返ってみて今思うことはありますか?
徳永:考えると、大学入学前にサッカーを諦めなかったことが本当によかったと思います。
その根本にはサッカーを辞めたくないという思いがあって、今こういう形で続けられていることは有り難いです。
プロに入ってからポジションを取ることができたのも準備し続けてきたからだと思いますし、やっぱり継続が大事だと思います。
ただ、現状の結果に満足していないので、まだまだやらなければいけないこともあります。
もっと突き詰めていかなければいけない。
サッカーができるまでやり続ける。自分に甘えないようにやっていきたいです。
Q:プロ選手の中でも珍しいタイプですよね?
徳永:結構、稀なタイプだと思います。
出ていない選手や小柄で身体能力がない選手でも『こうやってやれるんだぞ』というのを見せたい。
サッカーは身体能力だけじゃないと思いますし、小さくて悩んでいる子はいっぱいいると思います。
その分ボール扱いは上手くならなければいけないですけど、そういう子たちにこれくらいできるんだぞというのを示していきたいです。
Q:今季はどんなシーズンでしたか?
徳永:シーズン当初はリハビリから始まって、そこから考えれば右膝も違和感なくやれていてよかったとは思います。
ただ試合にコンスタントに出場するだけではいけない立場だと思っているので、チームの順位を上げることができなかったこと、特に後期は悔しい思いが強いです。
もっと自分が成長しなければいけないと感じたことの方が多いし、全然満足していません。
今シーズンは、チームを勝たせられる選手になりたいと強く思ったシーズンでした。
まだまだ変わらなければいけないと思います。
Q:今節は今季ラストゲームです。応援してくれたファン・サポーターへのメッセージをお願いします。
徳永:この一年間、応援していただいたありがたい気持ちと下位に低迷してしまっていることへの申し訳ない気持ちがあります。
静岡県東部地域を盛り上げるためには僕たちが結果を残さないと盛り上がらない。
そのためにファンやサポーターの方が応援してくださることもすごく重要でありがたいことです。
それに対して、僕たちが勝利することでいろんな方々に『観ていて面白いよ』、『来たら絶対に楽しいよ』と思う試合がもっとできれば、スタジアムに観に来てくれる方も増えると思うので、その期待に応えられるようにこれからもやり続けていきます。
今後も応援、サポートをよろしくお願いいたします。
一年間ありがとうございました。最後は勝って終わりましょう!
interviewer:森亮太














最近のコメント