【クラブ創設35周年記念手記:9回目】渡辺健氏

2025/06/05

クラブ創立35周年を迎えるにあたり、これまで多くの方にご支援いただいたことに感謝申し上げます。
私は31年前アスルクラロ沼津(当時、沼津セントラルスポーツクラブ)に入社しました。
大学を卒業後、教員になることを考えていましたが、行き先が決まらない私に「沼津で仕事をしないか」と山本浩義氏が声をかけてくださいました。「子どもたちにサッカーを教えることができるのであれば」と、何も考えず沼津やってきたことを思い出します。
それまで沼津には行ったこともなく、右も左もわかりませんでした。何をやるにも誰かについていくことしかできず、ただ毎日を懸命に過ごしていくことで精一杯でした。
そんな私に、練習会場で会う保護者や地元の皆様は親切に接してくださったことを覚えています。

サッカークラブの練習は、小学3年生までの子たちは主に幼稚園の園庭などで行っていました。狭いグラウンド、暗い照明と決して良い環境とは言えませんでしたが、スタッフは子どもたちがサッカーに集中して楽しんでもらえるかを考え工夫し、色々なことをやっていました。子どもたちは無邪気なので、楽しければ笑顔になり、楽しくなければしょんぼりしてくれるので練習の出来栄えがすぐにわかりコーチの技量を鍛えてもらったと思います。
4年生以上の子たちは週末に送迎バスを出し「創輝グラウンド」で練習を行っていました。自分たちで芝生を植えてグラウンドを整備したこともあります。子どもたちと一緒に石を拾ったり水をまいたりしました。長期休暇期間は遠征試合などで子どもたちをバスに乗せ出かけました。バスの中の子どもたちはグラウンドとは別の顔をしています。仲間同士で楽しそうに話しているのを耳にすると微笑ましく思いました。練習以外のこともたくさん思い出として心に残っています。
女子サッカーのコーチもやらせていただきました。
子どもたちは愛想の無いコーチにいやな顔もせず、楽しそうに取り組んでくれました。

2003年には自閉症児のサッカースクール「みんななかま」が始まり、その担当をさせていただきました。ハンディキャップを持つお子様のサッカーの練習をするのは経験がなく手探りでしたが、保護者とボランティアさんに協力していただきながらサッカースクールを進めていきました。お子様を大切に想う保護者様と親切で熱心なボランティアの方たちに支えていただき、今でもサッカースクールを続けることができています。当時小学生だった子たちが大人となり、現在もサッカースクール(eつばさサッカースクール)に通ってくれています。このスクールでの出会いと経験は、私に多くのことを気づかせてくれました。そして何にも代えがたい大切な宝物の一つです。

サッカー以外にもたくさんのことをやらせていただきました。
NPO法人の運営をはじめ、バレーボール、ハイキング、富士登山、カヌー、フラダンス、料理教室、パステルアート、げんキッズ、グラウンドゴルフ、釣り船体験、ミカン狩り等 運営をしながら一緒に参加させてもらい、楽しい時間過ごさせていただきました。

35年前、小さなスポーツクラブだったアスルクラロ沼津はJリーグのクラブになりました。35年の時の中で、多くの方々に支えていただいたおかげだと強く感じております。パートナー企業の皆様・ファン・サポーターの皆様、ボランティアスタッフの皆様、サッカー協会をはじめスポーツ団体の皆様、練習をさせていただいている幼稚園、保育園、学校の皆様、会員様とそのご家族の皆様、OB,OGの皆様、これまで携わっていただいたスタッフの皆様、関係者の皆様ありがとうございます。
アスルクラロ沼津はスポーツを通じて地域に貢献し寄与することを理念としています。
これからも皆様に愛されるよう、私たちのできることを精一杯務めさせていただけたら幸いです。
これからもアスルクラロ沼津をよろしくお願いいたします。

 

渡辺健

手記一覧はこちら