【クラブ創設35周年記念手記:19回目】臼井国際産業
アスルクラロ沼津35周年に寄せて
アスルクラロ沼津35周年、誠におめでとうございます。この記念すべき節目に、スポンサーとして寄稿の機会をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。私たち臼井国際産業株式会社は、2015年よりアスルクラロ沼津のスポンサーとして関わらせていただき、共に歩んできた日々を振り返ると、感慨深い思いでいっぱいです。
当社は1941年に創業し、静岡県東部の清水町に小さな工場を構え、医療用注射針の生産から事業をスタートしました。その後、自動車産業へ進出し、地域の雇用創出を目指しながら事業を拡大してきましたが、私たちの原点は常に「地域社会への貢献」にあります。
当社がアスルクラロ沼津と出会ったのは2014年のことでした。当社のサッカー部OBの方が、当時のアスルクラロ沼津の社長であった山本浩義様とご縁があり、スポンサーの相談をいただきました。当時はJ3リーグが発足したばかりで、アスルクラロ沼津もJ3発足時からのリーグ参入を目指しておられたようですが、惜しくも審査に通らず、その理由としてスポンサー体制の不足があったと伺いました。それでも、山本浩義様の「静岡県東部地域にJリーグチームを立ち上げ、サッカーを通じて地域を盛り上げたい」という熱い想いに、当社は共感いたしました。当社も地域社会への貢献を理念としており、アスルクラロ沼津の挑戦が、当社の目指す方向性と一致していたのです。こうして、2015年にスポンサーとして協力を開始し、JFLからJ3リーグ昇格を目指すアスルクラロ沼津と共に歩み始めました。2016年、J3リーグへの昇格を果たした瞬間は、当社にとっても忘れられない出来事でした。選手やスタッフ、そしてサポーターの皆さんと共に歓喜したあの日の感動は、今でも胸に刻まれています。
しかし、Jリーグクラブとしての道は、決して平坦ではなく、2022年には、アスルクラロ沼津がスタジアム照明問題というJリーグクラブとしての存続の危機に直面されました。照明問題の解決には、クラブを愛する多くの方々が結束しました。当社も微力ながら協力させていただき、共にこの苦境を乗り越えることができました。2022年のリーグ最終戦後、雨の中で行われたスタジアムの照明点灯セレモニーで、照明の輝きがピッチを鮮やかに照らした光景を目にし、アスルクラロ沼津の未来が明るく照らされたように感じたことを今でも鮮明に覚えています。
当社がアスルクラロ沼津と共に歩んできたこの約10年の間には、J2リーグへの昇格が現実味を帯びた好調な時期もあれば、成績が振るわず苦しい時期もありました。しかし、どの瞬間も私たちにとってはかけがえのない時間であり、アスルクラロ沼津と共に喜び、悩み、成長してきたと感じています。今シーズンは開幕直後から苦しい状況が続いていますが、クラブを愛する皆様が結束し、共に全力で立ち向かっていけば、この苦境も必ず乗り越えられると信じています。
最後に、アスルクラロ沼津の選手、スタッフ、サポーターの皆さま、そして地域の皆さまに感謝を申し上げます。35年という長い歴史の中で、アスルクラロ沼津は地域に根差し、多くの皆さまに愛されるクラブへと成長してきました。その一端に当社も関わることができたことを誇りに思います。そして、これからもアスルクラロ沼津が地域の希望となり、さらなる飛躍を遂げることを心から願っています。私たち臼井国際産業株式会社は、これからもアスルクラロ沼津と共に歩み、静岡県東部地域の発展に貢献してまいります。改めまして、アスルクラロ沼津の35周年を心よりお祝い申し上げます。
臼井国際産業株式会社